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札幌高等裁判所 昭和34年(う)323号 判決 1960年2月08日

被告人 平井善之助

主文

本件控訴を棄却する。

理由

右(被告人の)控訴趣意のうち、被告人が原判示踏切を通過したのは、原判示日の午前八時過であるのにもかかわらず、その正八時と認定した原判決には事実誤認があるとの主張について

しかし、本件のような事案においては、その性質上被告人が法規を遵守したか否かにあるのであつて、かりに多少の時間的誤認があつたからといつて、そのことから直ちに判決に明らかに影響をおよぼすものとは認められないだけでなく、原判決もまた、所論のように正八時とは認定せず、八時頃と認定していること原判文に徴して明らかなところであるから、原判決には所論のような事実の誤認があるものとはなし得ない。

同控訴趣意のうち、前記踏切附近は、左右見透しがきき、あえて停車するまでもなく、徐行するだけでその安全かどうかを確認することができるのであり、現に該踏切における一般車馬は、何等一時停車することなく、単に徐行することにより右軌道の安全であることを確認して通過しているのが通常であるから、これに従つたまでにほかならない被告人だけが一時停車の義務違反に問われるいわれはないとの主張について

しかし、いやしくも、車馬等にして鉄道また軌道の踏切を通過しようとするときは、信号機の表示、当該警察官または信号人の指示その他の事由により安全であることを確認した場合以外は、安全であるかどうかを確認するため、必ず一時停車しなければならないものであること道路交通取締法第一五条の規定上何等疑いの余地を存しない。そこで、所論の事情が果して右にいうその他の事由に該るかどうかについて按ずるに、右法条本文において、安全確認のため一時停車の義務を課する所以のものは、総じて鉄道または軌道の踏切は交通上もつとも危険な箇所に属し、しかも、汽車、電車は高速力で一定の軌道を進行するものであるところから容易にその進退および停車の措置をとり難いのに比し、車馬等はきわめてたやすくこの措置を講じ得るのに加え、後者が不用意に踏切を通過しようとして前者との衝突により事故を発生した場合そのほとんどが大規模かつ悲惨であることに徴し、踏切における衝突事故を未然に防止する一方、高速度交通の発達に寄与せんとすることに鑑みると、前記法条但書において規定する一時停車の義務を免除する事由は交通の安全確認の見地からいつて、相当狭義にしかも厳格に解釈理解されなければならない。すなわち、同条但書にある信号機の表示や信号人等の指示というのは、完全確認の手段の例示にすぎないのであり、しかも、そのような表示や指示も往々にして誤りのときもあり得ることであるから、それ自体をもつて直ちに一時停車の義務を免除する事由となすべきではなく、右表示や指示が確実に軌道の安全を示していることが積極的に十分認められる場合にはじめて、それによつて一時停車の義務が免除されるものというべく、したがつて、同条但書にある「その他の事由」というのも、右例示に準ずるような積極的な表示もしくは指示が必要なのであつて、何等遮蔽物のない平野等で極めて遠方まで一望のもとに見透しのきくような場合は格別、単に見透しが良好であるというような事由はこれに含まれないと解すべきところ、原判決挙示の証拠ことに原裁判所の検証調書によれば、本件踏切箇所は、軌道に平行して幅員約八米の道路があり、これを横断して右踏切に至るわずかの間、なるほど多少左右の見透しはきくとはいえ、該道路に出るまでの被告人が原判示原動機付自転車を運転のうえ進行してきた豊平二条通り右側はこれに接して豊平製鋼株式会社の高さ約二米のコンクリート塀にめぐらされた同会社の建物があり、その左側はこれに接して人家が密集していて、前記道路に出るまでは本件踏切を通過すべき左右の電気車の進行状況を確認し得べくもない状態にあることが認められるので、これを前説示に照せば、本件踏切附近の見透しは、もとより遮蔽物のない平野等の場合に比すべくもなく、したがつて、それにより被告人が本件軌道内の安全を一応確認したからといつて、それは単に被告人の主観的なものにとどまり、これをもつて、きわめて遠方まで見透し得て危険が存在しないと客観的に判断されるような状態にあつたものとは到底解されない。してみると、所論見透しの点が前記法条但書にいう「その他の事由」に該らないことはいうまでもなく、すでにそうである以上、本件踏切通過に際し、一時停車しなかつた被告人がその義務違反に問われるのは当然であつて、たとえ右踏切における一般車馬が何等一時停車することなく通過している事実があつたからといつて、これをもつて被告人の免責事由とはなし得ない。

よつて、各論旨を理由なしと認め、刑事訴訟法第三九六条により本件控訴を棄却すべきものとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 雨村是夫 渡辺一雄 中村義正)

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